« January 2017 | Main | December 2017 »

2017.08.28

我がよき友よ

 友人が成功し立派になるのは喜ぶべきだが、素直に喜ぶためには自分が幸福でなければならない。いまも月末になれば素直に喜べない時もあるが、だからといって女房に花を買って帰ったりはしない。それに、成功し立派になることとは、金持ちになったり肩書が偉くなることではないという教養も、少しは身についた。それは友人たちに教わったことだ。友人には良い奴もいれば、反面教師として教えてくれた奴もいる。もっとも、そういう友人は、友達ではないけれど。
 昔の友達がひょっこり連絡をくれることがある。現代は、友が遠方からいきなり来るのは迷惑だ。常識人である我が友人は、携帯やメール、Facebookでやって来る。また、楽しからずや。それと、50を過ぎてから、妙に気が合う友達ができたりする。
 最近、わかった。友達は、いい奴で、幸福感が似ている奴がいい。

|

トモダチ

 友達が困っていたら助けてやりたい。そのために多少立場を利用してルール違反をしたとしても、それは美談だと思うし、そうであるべきだと思う。しかしいつからか、仲間に便宜をはかることが、それだけでただちに罪悪のように言われる時代になった。「正義」の名の下に断罪される。嫌な渡世だな。
 友達が自分だけ得をしようとしていて、ついうっかり、そこに加担したとすると、そのことはゼッタイに隠さなければならない。記録は処分し、嘘をつき続けなければならない。だから、大人は友達を選ばなければならない。女房も。
 40歳になったばかりの頃、「友達は、いい奴で少し不幸な方がいい」と、遅い結婚をした友達のためのお祝い文集に書いて、我々の友情を知らない人から猛烈に非難されたことがある。正直に書いたつもりだったが、そういうことは言ってはいけない。すぐに撤回すればよかった。
 20代の後半が辛く不遇だったから、当時はヒネたまま中年になっていた。でも、いまはそういうことは言わない。

|

日々の心配

 山手線が止まった。「線路内に人が立ち入った」というアナウンスがあると、また痴漢騒ぎかと思う。痴漢だと言われてホームに降ろされた男が、線路に降りて逃げたのかと。
 痴漢で捕まるとほぼ100%有罪だと全国の男性は脅されているから、冤罪でも逃げなければならない。女の政治家はうっかり法律違反のことを言っても撤回すればすむが、一般人の男はうっかり触ったら、いや触ったという疑いをかけられたら、一生を棒に振る。触らせろと言っているのではない。このような状況はなんとかならないか、防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてお願いできないか(ごめんなさい。誤解を招きかねないなら撤回するよ~ん)。社員には日頃から「俺が痴漢で捕まったら、それは政治的な謀略だからな」と言い聞かせている。ある日、読売新聞の社会面に「のらこみ社長、おかまバー入店。いかがなものか」と記事が出たら、これも何かの圧力だ。
 えっ? おかまバーに行ったのかって? 行ったよ。LGBTの研究である。店外デートはしていない。
 公明正大であるべき接待営業を歪めないでもらいたい。

|

昭和の最後と平成の最初

 平成29年も半分以上過ぎた。「事務所に平成生まれが入社した」と大騒ぎしてから8年経って、もう「キミ、平成元年生まれだったね」と言うとセクハラになる。
 大正天皇の崩御は1926年12月25日で、その日から昭和元年。たった7日間。平成は昭和天皇が亡くなった翌日の1989年1月8日から。元号が変わるのが当日か翌日かは、旧皇室典範と元号法の違いだと以前誰かに教わったがよく覚えていない。
 昭和元年と64年は、両方とも1週間しかなかったから、その間が誕生日だという人も少ない。昭和の終わりに結婚した学生時代の友人がこの頃妊娠していて、お腹の子が女だとわかったのでなんとしても新しい元号で産んであげようと頑張ったという。そういうことを平成の初期には笑って言えたが、最近は世の中が怪しくなってきたから、今後はこのテの冗談も「不謹慎だ」「不敬」だと叩かれるようになるのかしらん。

|

困難な時代を生き抜く

 激しい自己嫌悪と食べ過ぎの胸やけに襲われながら、それでも俺は生きていかねばならないと思った。生き抜くためには自分を否定してはならない。いいじゃないか、食べたって。人間、いつ何があるかわからない。いきなりテロで遭難したら、「ああ、あの時、なぜありんこのおにぎりを食べておかなかったのだろう」と後悔する。やりたいことは、今やっておくべきなのだ。
 それに、誰だってあの海苔の匂いには負けるぜ。2個目のおにぎりを食う俺を、もし総理大臣が指をさして「こんな人には負けない」と言っても、「あんただってあんまりこらえ性があるとは思えない」と言い返してやればいい。そんなことを心の中で考えていたことがバレて共謀罪で投獄されたら、「ああ、あの時、なぜありんこのおにぎりを食べておかなかったのだろう」と後悔する。何も知らずに生きていくなら、それはたやすいことだけど、食べておいてよかったじゃないか。

|

愛の化石

 なぜ俺は辛抱できないのか。以前、喫茶店で向こうに座っていた品のない女が「男ってそれ、我慢できないのよね」と大きな声で言っていた“それ”が気になって仕方なかった。“それ”とはありんこのおにぎりのことだったのか。
 なぜ俺は辛抱できないのか。健康のために減量を言い渡されているのに医者や妻の言いつけを守れない。自分の身体を愛していないのか。愛するって、耐えることなのねと浅丘ルリ子は言ってたぞ。
 天野屋利兵衛は拷問に耐え、赤穂浪士がめでたく吉良の首を取ったと聞いて初めて、「あの槍は浪士のために買い集めたものです」と白状した。それに比べて俺は、まだ目的の倶知安に着く1時間も前に、海苔の匂いに負けておにぎりを2個とも食べてしまった。俺は拷問に弱いということを改めて認識した。腿の上に石板1枚でもダメだ。腿の上に若い女だったら、もっとダメだ。

|

浪曲歌謡・昭和ブルース

 列車は遅れていた。銭函を過ぎ、朝里へ。忍べは懐かし古代の文字よ、であるがもうそれどころではない。食べたい。袋はまだ温かく、依然として腿の上からは海苔のいい匂いがしている。食べたい。我慢できない。うううっ。
 江戸時代、未決囚に行われた拷問の一つに石責めというものがある。正座させられ腿の上に重たい石の板を何枚も載せられる。その痛みに耐えられず、たいていの者は自白する。
 海苔のいい匂いがする。白く柔らかいご飯、程よい塩味、鮭、たらこ……うううっ、天野屋利兵衛は男でござるぅ。周囲の乗客たちは、座って本を読んでいる中年男が、まさか頭の中で『大忠臣蔵』を熱演しているとは思っていないだろう。
 乗り換えの小樽に着いた。忍耐の浪曲歌謡は終わりである。金もいらなきゃ女もいらぬ。念願のおにぎり1個を乗り換え列車に乗るや否や食べ、5分後、すぐにまたもう1個食べた。食後、満腹感は絶頂だったが、激しい敗北感に襲われた。
 なぜ俺は辛抱ができないのか。
 海苔の匂いが悪いのか、それとも俺が悪いのか。

|

小樽のひとよ

 ナビタイムによれば、まず小樽行きの普通列車に乗る。小樽まで51分。待ち合わせ30分で倶知安行き普通列車に乗り換えて1時間14分のご乗車。取材は午後からで、昼前には到着するから昼飯の心配はいらない、とは思わない。なにせ最果て感のある町である。現地で「昼飯食えるとこ? そったらとこねぇべさ」と言われたら困る。そう強く思い、おにぎりを2個買ったのである。
 運良く座ることができた。カバンを網棚に置き、膝の上にまだ温かいおにぎりが入った袋を置く。せっかくできた時間だからと読書を始めるが、どうも集中できない。理由はわかっている。両腿の上のおにぎりの袋から海苔のいい匂いがするのである。食べたい。だが、通勤時間帯の列車である。それに、さっき朝飯を食べたばかりだ。でも食べたい。小樽に着いたら1個だけ食べよう。それまでは我慢だ。
 食べたい気持ちがままならぬ。北国の町は冷たく遠い……周囲の乗客たちは、座って本を読んでいる中年男が、まさか頭の中で東京ロマンチカを熱唱しているとは思っていないだろう。

|

食っちゃん

 ホテルの朝食バイキングをしっかり食べて札幌駅に向かい、構内の「ありんこ」でお持ち帰りのおにぎりを2個買った。鮭とたらこである。この店のおにぎりは大きく、レギュラーサイズでも150g前後と、コンビニおにぎりの1.3倍以上。大きなおにぎりを両手で持って頭の上に載せて帰る客の姿が、アリが餌を運ぶように見えるから店名が「ありんこ」となった。うそだよ。
 これから倶知安の取材だ。「内地の人」だが鉄ちゃんだったから、倶知安をくっちゃんと発音することは中学の時から知っている。同じ頃、長万部の読み方は由利徹に教わった。いずれにせよ、最果て感がある地名だ。そこに行くにはあらかじめ昼飯を用意していなければならないだろうと強く思い、おにぎりを2個買ったのである。

|

魚ヘンに豊

 関西人は夏といえば鱧である。関東人の僕が初めて鱧を食べたのは、ずいぶん大人になってからで、会社に勤めてしばらくしてからだと思う。ただ、そういう食べ物の存在は知っていた。
 中学生の時、池袋の映画館・文芸地下で小津安二郎のリバイバル上映があり、そこで『秋刀魚の味』を観た。戦後、なぜか流行らないラーメン屋の親爺になった元漢文の教師(東野英治郎)が、同窓会で呼ばれた料理屋で教え子にご馳走になる。「これはうまい。何というものですか」「先生、それハモですよ」「なるほど、ハモですか。魚ヘンに豊」。先生は、食べたことはなくても漢字は知っていた。で、僕も、食べたこともないのに漢字は知っていた。
 30歳を過ぎてからは、生意気に夏になると鱧を食す。まあ、夏に一、二度、湯引きか天ぷらを食べればそれでいい。関東人の夏は鰻でしょ。
 先日は、恩師と一杯やりながら久しぶりに鱧を食べた。「先生、僕はいつになれば金ヘンに豊になるのでしょうか」「キミは昔から口ヘンに豊だった」「はあ」「いや失敬。言ベンに豊だ。訂正する」……頭の中を小津の映画音楽が流れた。

|

旅に出るたび思い出す

 茅ケ崎からの帰りも、またシュウマイ弁当を買ってもらおうとウキウキして窓の外を見ていたら、大船駅の手前で突然、巨大な白い大船観音が現れてギョッとした。あれ、今でも少し怖いんですけど。
 高田馬場駅にも崎陽軒の売店があるらしい。事務所の目の前の駅に「あるらしい」というのも変だが、以前は改札の外にあり、時々、昼飯用に買っていた。それがいつの間にかなくなったと思ったら、構内のJRと西武線の乗り換え連絡口に移ったらしい。崎陽軒のマーケティングでは、高田馬場で降りたり地下鉄に乗り換える客よりも、JRと西武を乗り継ぐ人の方がシュウマイを食べる確率が高いと判断したのだろうか。以来、シュウマイを買うには入場券も買わねばならなくなり、昼のシュウマイ弁当からは遠ざかっていた。
 先日、仕事帰りに横浜駅の売店で買った。これで何度目だろうか。一緒に赤いパッケージのシュウマイも買った。この赤いパッケージは、昭和天皇が亡くなった昭和64年(1989年)1月7日から何日間か、喪に服してグレーだかモスグリーンだかに変更された。残念ながら現物は見ていないが、そういう知識を得意になって話すのは、これで何度目だろうか。

|

美味しいシュウマイ崎陽軒

 サイクルは測っていないが、時々無性に食べたくなるものの一つが、崎陽軒のシュウマイ弁当。なんといっても経木の弁当箱がいい。紐をほどいて蓋を開けるとご飯粒がくっついている。最近知ったのだが、あのご飯は炊くのではなく、蒸しているのだそうだ。
 初めて食べたのは小学校に上がる前。湘南電車で茅ヶ崎に海水浴に行く時、横浜駅で買ってもらった。当時は停車中にホームで弁当が買えた。
 シュウマイ5個、まぐろ醤油焼き、卵焼き、かまぼこ、鶏の唐揚げ、たけのこ煮、紅生姜、細切りの昆布煮、あんず、ご飯の上のかたい小さな梅干し。中身は昔から変わっていないと思うが、なぜか鶏の唐揚げの記憶がない。唐揚げは子供の人気食品だ。それを覚えていないのだから、あれは後から参加したんじゃないか。ドリフの志村けんみたいに。

|

不条理ゆえに吾信ず

 半年に一度、無性に食べたくなるのが鍋焼きうどんと冷やし中華。真冬に鍋焼きうどんを食べ、その半年後のクソ暑い日に、冷房が効いたそば屋で汗をかきながら食べる鍋焼きは最高だ。だか、冷やし中華はそれができない。「なぜ、真冬に冷やし中華は存在しないのか」。37年前、サークル室で埴谷雄高の話のついでに論じ合ったが結論は出なかった。

|

人生楽ありゃ食うもあるさ

 卵かけご飯や納豆ご飯だけで十分幸せではあるが、時々、無性に食べたくなるものがいくつかある。
 月に一度なら鰻と焼肉、それと鮨。年に一度なら鱧やフグ。3年に一度なら博多・よしだの鯛茶、鎌倉山のローストビーフ。カレーやラーメン、トンカツや釜揚げうどんは週一。カップ焼きそばやカレーパンは隔週一ぐらい。3週間に一度ぐらいのペースで無性に食べたいと思いつつ、果たせなくても苦にならないのがハンバーグ、ナポリタン、オムライスといった児童系食品。確実に果たしているのが牛タン、お刺身定食、広東麺、中華丼、モツ煮・モツ焼きといった親爺系食品。いずれにせよ、これらを組み合わせることで日々の食事が済まされている。
 無性に食べたいものを期日までに食べていないのに、コンビニのサンドイッチで食事を済ませなければならない日は辛い。俺はあと何回飯が食えるだろうかと考えてしまったりする。せっかく昨日奮発して期日内達成をしたというのに、今日またお客様に鰻重をご馳走になる時は、次回の期日を延長すべきかどうかで思い悩むことになる。

|

由美かおるは長生きの秘訣

 老人の相手は大変だ。時には、ずっと話しかけられて返事をするのが面倒になって聞こえないふりをする。それを察した黄門様も、少し話すのをやめる。年寄りも若い奴に気を遣うのである。黙って歩きながら何を考えるのか。柳沢吉保の悪事を暴き、将軍家の安泰と庶民の安寧を図るにはどうすべきか。茶屋でいつまでも団子を食っているので黙って置いてきぼりにした八兵衛が追いついたら、今度はどんなふうにして驚かしてやろうか。前回の立ち回りでチラリと見えた由美かおるの太腿。今日は何時頃に入浴シーンか。
 健康で長生きするためには、歩くだけでは駄目である。一人暮らしの老人の認知症リスクが高いというから、常に人とコミュニケーションをとらねばならない。シャイにならず話しかけよう。そして、いくつになっても目的意識を持ち、頭を使い、適度にスケベであることも大切だ。適度にだよ。

|

特殊任務

 水戸黄門は歩いてどこまでも行った。四国の高松藩、九州の薩摩藩、越後の縮緬問屋、北海道にも2、3度行っている。あのままシリーズが続けば、きっとグアム、サイパン、ハワイ、ヨーロッパにも行っただろう。事件がない日は歩いている。歩きながら、助さんも聞きなさい、格さんも聞きなさいと話している。
 老人の歩幅に合わせ、しかも年寄りの毎回同じ長い話を聞いている助さん格さんも大変だ。2人は藩の勘定方あたりから西山荘に、御老公付き秘書官として出向している。警護も担当し、陳情にはFAXで回答する。さらに御老公のご活躍をiPadで撮影し、Facebookにアップするお仕事もあるのだろう。

|

人生楽ありゃ苦もあるさ

 小学生5年生の時、祖父とテレビを見ていると、アメリカ人が大きなステーキをたいらげた後、ソフトクリームをペロリと食べた。「あんなに食う奴らと戦争をして勝てるはずがない」と1900年生まれの祖父が言ったので、「イタリア人だってたくさん食べるよ」と生意気言ったら、「あんまり食べると馬鹿になる」と呟いた。「食うことや女のことばかり考えているような男になるな」とも祖父は言ったが、教えはいまだに守れていない。
 85歳まで生きた祖父の趣味は散歩だった。「歩くことは健康に良く、長寿の秘訣だ」と言う。「だったら電車もバスもなく、歩いてばかりいた江戸時代の人の寿命が短かったのはなぜだ」と質問したら、「そういうことばかり言う奴は出世しない。年寄りが何か言ったら、そうですねと言えばいい」と叱られた。教えはなかなか守れなかった。その頃、毎週月曜日の夜は、祖父母と一緒に『水戸黄門』を観た。黄門様はいつもあちこちに歩いて出かけていた。あの頃刷り込まれたのか、いまでもテクテク長い道のりを歩くときは、木下忠司の音楽が頭の中を流れる。泣
くのが嫌なら、さあ歩け。

|

禁煙者優遇を

 厚生労働省は飲食店を原則禁煙にして、違反したら罰金をとるという健康増進法の改正を目論んでいる。国家権力がそれほどまでに禁煙を進めたいのなら、税金で攻めたらどうだ。チェーンスモーカーだった頃、「俺は高額納税者だ」と威張っていたが、もしタバコ1箱に1万円の税がかかっていたら、もっと早く禁煙したか、破産していただろう。財務省は破産者増加による減収を懸念しているのか。厚労省と意見が異なるなら、内閣府に間に入ってもらおう。タバコを吸いたいなら多額の納税と政治献金をすればスパスパ吸える国家戦略特区を作ればいい。
 禁煙者の我々は、その分税金をまけろとは言わない。ただ、禁煙という辛いことを引き受けた人には、国税庁長官になるチャンスを与えてほしい。

|

健康ファースト

 確かに、禁煙に成功したぜと自慢している相手が風采上がらぬポッコリお腹の中年であれば、何も羨む必要はない。禁煙した人間が急に若い女にモテだしたり、ゴルフが上達したりすれば、中年男はこぞって禁煙するであろう。それが無理でも、最低限、世の女たちは禁煙を達成した中年男を大切にすべきである。
 タバコをやめれば金が儲かり、妻から尊敬を受け、かつ親切にされ、そうならない場合は若いグラマーと再婚できて大統領になれるのであれば、世の男の大半は禁煙するだろう。
 いや待てよ、あの大統領のことだ、「喫煙のどこが悪い」とツイッターで呟くかもしれない。

|

喫煙の効用

 昭和の頃は喫煙者天国であった。テレビに出てくる大人たちはみなタバコを吸っていて、格好いいと思ったから真似た。当時すでにタバコの害は語られていたが、タバコを吸うことの意味も大いに語られた。ストレス解消、気分転換、折れたタバコの吸い殻であなたのウソがわかるなど。
 しかし今や、タバコを吸うことは無意味どころか百害あって一利なし、死して屍拾うものなしと言われている。にも関わらず、いまだに禁煙できないという人は多い。それはなぜか。おそらく、苦しさを克服した勇気ある禁煙者たちが、世の中でそれほど尊敬されていないからではないか。
 先日も、なかなか禁煙できないという同世代の男に向かって、俺は禁煙を成し遂げたと自慢してみた。禁煙がいかに辛かったか、自分との約束を守り抜いた俺はいかに立派だったかを語ったが、先方の反応は鈍い。ちっとも羨ましがらない。羨ましがられなければ自慢したことにならない。

|

脅し文句

 隠れて吸っていた高校生の頃のタバコには「健康のため吸いすぎに注意しましょう」とやさしく書いてあった。平成になって「あなたの健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」に変わり、1 2 年前のある日、「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります」という文言に変わった。すごいことになったと思った。コンビニで売っているシュークリームの袋に「健康のため食べ過ぎに注意しましょう」と書いてあったら親切だが、「デブになるおそれがあります」と書いてあれば余計なお世話であり、「糖尿病で目が見えなくなる確率が5倍」とあれば、立派な脅しだ。そして、脅しに屈してタバコをやめた。平成18年のことである。

|

« January 2017 | Main | December 2017 »