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2018.08.30

家庭内働き方改革

 ちょっと用があって、久しぶりに夫婦で旅行をした。パソコンだの資料だの仕事道具を抱えた旅だったが、妻の一番の感想は「ホテルは毎日ちゃんと掃除してくれるからいい」だそうだ。「そうだな」と同意したら「何言ってるの。掃除なんか全然しないくせに」と言われた。反論なし。
 共働きを前提で結婚・同居した時、ダスキンのお掃除を契約したらどうかと提案し、却下された。今から契約するには一度引っ越しをしなければならない。今の家の状態だと、ダスキンがお掃除に来る日の前にお掃除をしておかねばならない。
 で、新ビジネスを考えた。「月1回1,000円でダスキンが行くかもしれないサービス」。「行くかもしれない」から「来ないかもしれない」。「来るかもしれない」から、いつ他人が来てもいいように部屋を片付けるようになる。
 国家が個人の働き方や信条にまで介入する時代である。共働きの妻にばかり家事をさせていると、いきなり労働基準監督署に呼びつけられ罰金の支払いを命ぜられるかもしれない。妻への残業給を遡って払えと命ぜられた場合は断固戦う。うちの家内は最初から管理職で、私は名ばかり主人だ。

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シエスタ導入の障害(2)

 シエスタを導入した場合でも、導入に理解のない顧客は14時に電話をかけてくるだろう。お客様は神様だから電話番を置かねばならない。その人手と費用が余計にかかる。それにわが社の社員であれば、休憩中に電話が鳴っても来客があってもちゃんと応対するだろうから、その時間帯は残業手当を払わねばならない。1人1日4時間、月80時間の残業代がかかる。
 働き方改革を唱える政権は勤労者の人気取りをしつつ、かつ大資本の機嫌を損ねたくない。だから、しわ寄せは我々中小零細企業経営者のところに来ることになる。わが階級の状況はマルクスも想定しなかったようたが、蟹工船の船長にも階級的矛盾があるのである。
 大出版社のように電話も一切聞こえない休憩仮眠室を持てば話は別だが、大出版社の仕事で締め切りに遅れ、編集部に呼びつけられて徹夜仕事をして、原稿を入れぬままちょっと休もうと仮眠室に入り、10時間後に掃除のおばさんに発見されたという前科を持つスタッフも抱える当社としては、そのような部屋は持てない。仮眠室の前に、お昼休みにOLたちがお弁当を食べるための会議室が先だ。仮眠室を持てるようになるためには、寝ずに働くしかないのだろうか。

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シエスタ導入の障害(1)

 給与待遇を上げずに社員の不満を軽減させる中小零細企業の働き方改革では、食後の昼寝の導入は検討に値すると考えるが、机でつっ伏す以外に昼寝場所が確保できないことがネックだ。シエスタ中に電話がかかってきたらどうするのか。近所の喫茶店で休んでもらいたいが、喫茶店もシエスタしていたらどうする。
 当社のアルバイト・パートは原則、昼休み1時間は有給にしている。デスクで昼食をとっているときも電話や来客があれば対応しなければならないし、昼飯を食べながらの打ち合わせ(と称して社長に一緒に飯を食おうと言われること)も頻繁にあるからだ。時間の定めがなく働いていたフリーランスや主婦、昼飯がご馳走になれると喜ぶ学生には向いているが、時間できっちり働いてきた人の中には戸惑う人もいる。
 オーストラリアに行った時、ここの警察官は駐車違反を担当している場合、スピート違反を見ても捕まえないと教わったことがある。ホントかどうかわからないが、そういう習慣の中で育てば、猟師の仕事をしていても、休憩時間中であれば目の前にウサギがいても捕まえないのだろう。シエスタを導入してもお客が来たら相手をするのは当然だろうと考える純日本人的経営者のもとでは、シエスタ導入は無理だ。

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シエスタでも8時間労働

 いい加減なことを言いながら飯をたくさん食べ、女子を見ればお愛想でも必ず声をかけねばと思い、食後はお昼寝をしたがる……俺にはラテンの血が流れているのではないかと思いつつシエスタを調べると、シエスタとは長い昼休憩という意味で、昼寝だけを指すものではないらしい。シエスタの習慣のある国では朝の活動開始が早く始業は8時前。12時ぐらいから昼食・休憩タイムで、飯をゆっくり食べたら4時までお休み。で、それから夜8時まで勤務。ちゃんと8時間労働になっている。
 自分がジジイになったと自覚する瞬間は切ないものだが、早起きが苦にならなくなったことだけは評価していいと思っている。暑い日は6時前に起きて会社に行き、一仕事する。これは快適だ。
 けれども、それを社員たちに強要することはできない。自分だって若い頃は、朝は1分1秒だって長く寝ていたかった。「早起きしろ」と命じたら、パワハラで訴えられるかもしれない。でも「8時始業にして昼は4時間休憩。昼寝したっていいんだぜ」と言えば36協定を結べるかもしれない。

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昼寝の効用

 温暖化が進まなくとも、日本でも午後のお昼寝タイム、シエスタは必要だ。政治家では実証されていないが、昼寝は仕事の効率を上げるらしい。
 因果関係は明らかではないが、14時から16時は他の時間帯に比べ交通事故が多いらしい。30分以下の昼寝を習慣的にとる人は、それ以外の人に比べてアルツハイマー病の発症リスクが5分の1になると医療機器メーカーのサイトのコラムに書いてあった。それを知っていれば、かつて幼児の頃、お昼寝を嫌がって母や保母さんらを困らせることはなかったろう。老いてまた周囲を困らせるのだろうかと不安だ。
 地球が温暖化しているというのにシエスタの習慣は廃れる傾向にあるらしい。スペインの公務員のシエスタはEU統合後に廃止された。どこの国の為政者も役人も、長いものには巻かれることにしているようだ。習慣として昼寝していた現地の国民は、これからは怠け者として罰せられるかもしれない。
 政治犯に対して、眠らせないという拷問があるらしい。権力はなんて酷いことを思いつくのだろうか。厳しい尋問の後、お昼にとんかつをご馳走になりご飯のお代わりも許してもらった午後であれば、「白状すれば寝させてやるぞ」と言われたら、友を売り家族を捨てるだろう。

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酷暑

 気象庁の発表によれば、最高気温が観測史上1位となったのは、埼玉・熊谷の2018年7月23日の41.1度ということだ(8月10日現在)。ベストテンのうち9件が平成で、さらにそのうちの3つが平成30年7月に観測されている。地球は温暖化し、日本は亜熱帯化している。平成の次の御代では、隅田川にはピラニアが泳ぎ、両国橋の下にはワニが現れるだろう。
 亜熱帯化が進行すると、もはや昼間の仕事などできない。業務を中断し昼寝をすることが義務付けられるようになるだろう。現在、議員の諸君らは法案化を目指し、すでに国会の最中に昼寝を実践している。閣僚も呼ばれた役人も、答弁中に寝言を言っている。

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グッドモーニング

 礼服を新調したら不幸事が続き、ちょっと落ち込んだ。白いネクタイに締め直して験直しに出かける日を楽しみにしている。
 小津安二郎の『彼岸花』で、結婚式から帰った夫(佐分利信)のモーニングをたたむ妻(田中絹代)が明日のお弔いにも着るのかと聞く。「いや、明日はいい」「結婚式の翌日がお弔いじゃ、モーニングも大変よね」という会話があった。同じ小津の映画『秋刀魚の味』で、娘(岩下志麻)の結婚式の帰りに
モーニングを着たままバーに寄った笠智衆は、ママ(岸田今日子)に「お弔いですか」と聞かれる。笠は「まぁ、そんなようなもんだ」と言ってウイスキーを飲む。
 昔の人は、普通の人でもよくモーニングを着た。僕もいずれ必要かもしれないと、祖父のモーニングを形見でもらった。いまもクローゼットにあるはずだ。でも、祖父は痩せていたから着ることがないだろう。
 20年以上前の結婚式では、恥を忍んで貸衣装のモーニングを着た。いまならもっと腹が出ているから、漫画のペンギンと同じになる。誰かが辛く悲しく落ち込んでいたら、着て行って笑わせてあげることができる。

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料金の透明化

 相変わらず順調に太っている。衣替えのシーズンになったばかりの頃、親戚の不幸で黒の夏用ダブルを着たら、パツンパツンになっている。夏には自分の可愛い甥の結婚式があるから、そんな恥ずかしい格好で行かないで、と妻が言う。どうすればいいんだよと言ったら、痩せるか礼服を新調しろと言う。仕方ないのでAOKIに行った。
 AOKIでは礼服下取りセールをしていた。礼服を新調する時に古いのを持っていくと1着10,000円くれるという。わが家には僕のパツンパツンの夏冬と、亡父の晩年の夏冬との合計4着がある。これを持参すれば40,000円くれるのかと聞くと、1着新調につき1着だけだということ。「そんなことよりもダンナ、今なら夏冬2着作って1着分の値段でおトクでっせ」(言葉遣いは違ったが、そう聞こえた)ということ。いったいAOKIの料金体系はどうなっているのか。経済産業省は立ち入り検査し料金の透明化を指導すべきではないか。
 なぜ、「2着目はタダ」なのか理由はわからないが、この売り方は昔からあるから、公正取引委員会は問題にしていないのだろう。理屈の上では、3着一緒に注文したら2着ともタダで、4着同時なら1着分お金をもらわねばならない。
 で、小理屈は言わずに2着同時発注。サイズはこれから先も考えねばならない。来年また新調したら半値にしてもらった甲斐がない。「腹回りはいまが絶頂なはずだから」と聞かれてもいないのに言うと、「アジャスター付きやさかい、これからなんぼ太っても心配あらしまへん」(言葉遣いは違ったが、そう聞こえた)とのこと。

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港町ブルース

 昭和から平成になって、歌謡曲の勢いがなくなった。阿久悠先生も、平成になるともっぱら小説に専念している。
 昭和歌謡には港町を歌ったヒット曲が多い。中でも森進一の『港町ブルース』は1969年の発売以来250万枚以上というミリオンセラーとなった。歌詞は6番まであって、出てくる港町は、函館、宮古、釜石、気仙沼、三崎、焼津、御前崎、高知、高松、八幡浜、別府、長崎、枕崎。日本縦断である。
 初めて聴いた子供の頃から、いずれ全部の港に行ってみたいと思っていた。ただ小学生だったから、「あなたにあげた夜を返して」とは、どういうことなのかわからなかった。祖父に尋ねると「金を払えばいいんだ」と言っていた。
 最初に行ったのは北海道の函館だった。高校1年生だったがチビだったので、背伸びして海峡を見た。高2の修学旅行は九州で、別府、長崎に行った。同じ頃、木下恵介の映画を観て感動し、御前崎に行った。近いのに神奈川県の三崎にはなかなか行く機会がなく、20代の後半に、わざわざ仕事を作ってマグロを食べに行った。焼津、高知、高松はその後出張で何度か行くことになるが、高松に行ったついでに八幡浜に、鹿児島に行ったついでに枕崎に、ただ行くことだけが目的で慌てて往復した。
 その港町に行ったからといって、別にどうだというわけではない。大抵は子供の頃に想像した港町とは趣が違うし、だからどうということではなく、その町の名物らしいものを食べて酒を飲んで帰るだけである。少し酔うと鼻歌を歌いたくなるが、森進一の歌は顔もそうなってしまうので、1人でいる時は注意が必要だ。
 東北の港町に行く機会はなかなかなく、完全制覇をしたのは50歳を過ぎた震災のすぐ後だった。宮古も釜石も大変なことになっていて、気仙沼ではまだ船が内陸に置き去りにされたままだった。このときは鼻歌どころでなかった。
 気仙沼には『港町ブルース』の歌碑があり、これは震災の津波でも流されなかったらしい。今度行ったら、見ておこうと思う。

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1円玉の旅がらす

 平成になって消費税が導入された。1989年(平成元年)4月1日、前日まで100円で売っていたものが103円になった。釣銭で財布の小銭がやたらと増えたし、小売店では1円玉が不足した。3%の消費税が導入された1989年、1円玉は前年の2倍、24億8,000万枚も製造された。きっとそうだろうと予想して調べたが、やっぱりそうだった。その他の硬貨も大幅に増産される。1997年の5%の時は5円と50円、500円硬貨が大幅増。そして8%になった2014年には、前年55万4,000枚だった1円玉の製造枚数は1億2,400万枚。それでも、キャッシュレスが進み、硬貨全体の製造枚数は減少しているのである。
 キャッシュレスは確実に進んでいる。そのうち、「昔、1円玉というのがあったらしい」という話になるかも。そうなったとき、昭和の名曲『1円玉の旅がらす』は、フィンガー5の『恋のダイヤル6700』と同じ運命となる。昔、電話はダイヤルを回してかけた。かかってくるときは、りんりんりりんりんりりりんって鳴って、「もしもし」じゃなくて、「ハローダーリン」って言って出たんだぜ。

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ネット溺死

 平成のデータをいろいろ調べている。それを『月刊BOSS』やPR誌のコラムに使っているが、結局、どの原稿も『のらこみ』と同じになってしまっている。「また同じことを書いてやがる」と言われるか、「何度読んでも面白い」と言われるか。ほとんど何も言われないから、読んでいる人は少ないのだろう。とほほ。
 インターネットの時代になって、データ調べは楽になった。ただし、ときどき嘘の情報や、出所が明らかでない情報がある。同じデータが何カ所かに出ているのだが、その元がわからない。ネットサーフィンではなく、ハタから見たら溺れているような格好で素潜りを繰り返すようにしてデータ元を探すこともある。
 このままネット時代が進行すれば、いずれ「ネットに出ていない」ことが価値になるだろう。「この情報はネットに出ていません」とネットに出たら出たことになってしまうので、それは相当な価値である。
 1997年(平成9年)から始まっている総務省の通信利用動向調査によると、調査開始時に1,155万人とされたインターネット利用者は、2013年には1億人を突破したことになっている。実に国民の8割以上が利用しているわけだ。
 かつて、ネット操作を覚えたがらない中高年にはエッチなサイトの存在を教えろ、と言われた。いま、高齢者は孫とつながるためにLINEを覚えるのだそうだ。

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平成の総理大臣

 平成の総理大臣は全部で17人。内閣の「代数」では74代竹下登から94代安倍晋三(第4次)までである。平成30年間のおよそ1万800日を17人が務めたが、このうち安倍と小泉純一郎と橋本龍太郎、海部俊樹の在任が6,000日以上なので、概ね1人1年程度ということになる。
 現行憲法下で最も長く総理を務めたのは佐藤栄作。在職2,798日。次が吉田茂、3位が安倍晋三で更新中。安倍総理が「記録」を意識するなら、憲法は変えない方がいいだろう。
 逆に最短は、在任64日の羽田孜。次は「3本指」の宇野宗佑で69日。ともに平成時代の総理。
 羽田はスキャンダルで内閣を放り出した格好の細川護煕の後を受けて就任したが、非自民連合の分裂と対立の中で組閣が難航。総理認証の後、各大臣が決まるまでの9時間、1人で全大臣の臨時代理として兼務する「1人内閣」を経験した。旧憲法下、東条英機は外務・内務・文部・商工大臣を兼務したが、羽田は総理と22大臣を兼務した。2000年までは省の数も多かったから大臣も多かった。
 組閣後も混乱は続き、内閣不信任案を突き付けられ、6月30日をもって辞職した。
 羽田と言えば「省エネスーツ」。信念を持ってその普及に努めたが、羽田の内閣は夏を乗り切ることはできなかった。

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平成のウナギ

 平成の日本はデフレが続いたが、高騰を続けているものもある。その代表格が鰻だ。ニホンウナギ稚魚の漁獲量は時折回復するものの全体としては減少。ことに2013年は極端に減り、それに伴い卸値も1㎏あたり平均248万円まで高騰した。これが平成のレコードかと思いきや、今年2018年度はさらに高騰し、記録更新が心配されている。
 ウナギという生き物の生態は未解明な点が多いらしい。ニホンウナギは日本から2000㎞以上離れた太平洋上で産卵し、稚魚が東アジアに回遊する。その産卵場所が見つかったのも2009年のこと。人類は21世紀になるまで、ウナギがどこで生まれるかを知らなかった。アリストテレスはウナギは泥から自然発生すると思っていたらしい。それは、卵や胎児を持ったウナギが存在しなかったからだという。
 もっとも、生態がはっきりわかっていないのは、何もウナギだけに限らない。イカやアジもよくわかっていないらしいが、イカやアジだとインパクトがいまいちなので、ウナギの生態の方が話題になりやすく研究費も集まりやすいのだと、土用近辺になるとよくテレビに出る学者が言っていた。
 いずれにせよ、人類がウナギの生態を知ることができたとき、天然鰻が地球上から消えてなくなるのかもしれない。

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平成の米騒動

 飲み過ぎは自重しているが、食べ過ぎはなかなか改善されない。定食屋でご飯をお代わりするのは体育会系学生と昭和を引きずる中年だけだとわかっているが、おかずの配分を間違えて、ついつい2膳食べてしまう。
 白米に対する過剰な執着は、昭和の人間で終わるのだろうか。農水省によれば日本人1人あたりの米の消費量のピークは、『若大将シリーズ』が人気となった昭和37年度の年間118.3㎏。1日324gで、炊いてご飯にすると2. 2倍になるから、お茶碗4.75杯。若大将は毎日これ以上食べていた。だが米の消費量はその後減り続け、平成に入ると元年度は年間70.4㎏、28年度は年間54.4㎏となっている。若大将も82歳となった現在、1回のお食事で茶碗1杯も食べなくなったようだ。
 平成になっても平均で571gずつ減ってきた年間米消費量だが、一度だけ前年度比増加に転じたことがある。平成5年度から6年度にかけて。平成5年(1993年)は記録的な冷夏で、深刻な米不足になった。米屋から米が消えるという事態まで生じ、「平成の米騒動」と言われる騒ぎとなった。食べられないとなると、どうしても食べたい。あの時初めてタイ米を食べた人も多かったろう。

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新薬

 10年以上前にタバコを止める時、ニコレットを使った。チェーンスモーカーが禁煙したので、喉の繊毛が過敏になって咳が頻繁に出た。咳止めにアネトンを常用したが、これでバイアグラを使うようにでもなったら、俺の肉体はファイザー製薬に支配されることになるな、と40代半ばで怯えた。後で知ったが、その頃すでにファイザーが開発したニコレットとアネトンの権利は、バンドエイドのジョンソン・エンド・ジョンソンに売却されていた。
 ファイザーがバイアグラを開発したのは1998年で、同社はその後、目立った新薬の開発がなく苦戦しているとも聞く。そんなファイザーの開発陣にぜひ提案したいのが、二日酔いを確実に防ぐ薬だ。処方はいたって簡単である。
 二日酔いの不調はアルコールが分解される途中でできるアセトアルデヒドが引き起こすらしい。だったらそのアセトアルデヒドを固めて先に飲んでしまえばいい。飲む前に一錠服用する。すると頭痛と吐き気とムカつきが生じる。これなら二日酔いになるほど飲もうとは思うまい。ヘパリーゼより俄然効き目がある。
 しかし、頭痛と吐き気とムカつきは肉体的ダメージが大きい。アセトアルデヒドは発がん性も心配されている。ならば精神的ダメージを先に与える薬はできないものか。酒を飲んで愚かなことをしでかした後の後悔が先にイメージできる薬。反省を先回りしてできるようになれば、少しは立派な人間になれるだろう。
 昔から後悔は先に立たずと言うが、バイアグラを開発した会社ならできるはずだ。

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飲まるるべからず

 酒は百薬の長だと信じている。薬だから飲み過ぎれば副作用がある。翌日の頭の痛みや腹くだりは夕方になれば治るが、やらかしてしまったことの後悔はいつまでも消えない。
 酒が体質的にダメだという友人は、飲んでいるそばから具合が悪くなるという。実にうらやましいことだ。飲んでいるそばから具合が悪くなれば、馬鹿なことを言って録音されたり、高校生に迫ったりしないですむだろう。もっとも、あれはあれで、どこかの具合が悪かったのかもしれない。いずれにせよ飲み過ぎは良くない。以前、知り合いの偉い人が酔って「酒と女はニゴウまで」と言っていたが、それも今言ったらアウトだ。
 酔った時に打つメールも危ない。つい余計なことを書いてしまう。発言はお互いの記憶違いと言い逃れられるが、メールはそれ自体が証拠だ。飲んだら打つな、打つなら飲むな。

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